グレート・サードレールのDVD(インタアーバンは面白い・その15)

先の日曜日のこと。アメリカ形鉄好きの集りがありまして~会場は飯田橋=JRの西口が移転してました。
どこまで変わる東京お電車風景~Cedarの好きなこの通路もいまや閉鎖でした。
DVD00.jpg(1)DVD03.jpg(2)
それはさておき、お仲間の一人がインタアーバンのDVDをこんなに貸してくださいました。

VHSが壊れたっていうブログ記事を読んでの気遣いだとすれば、持つべきものは鉄友ですね~涙ちょちょ切れます!ありがたやありがたや!
鉄ニャンも大感謝!

DVD04.jpg(3)
そのなかから1枚〜。

DVD02.jpg(4)
このDVDにはシカゴの3大インタアーバン、ノースショア、サウスショア、そしてシカゴ・オーロラ&エルジン(CA&E)の動画が入っていました。

CA&E00.jpg(5)
CedarはCA&Eの動画は初見なんで、ちらっと紹介してみます。

CA&E22.jpg(6)
キャプチャがいまひとつで
画質はいま五つ(爆)!まことにスイマセン・・・

Great Third Railと呼ばれたこの鉄道はシカゴから西に延びて鉄道名の通りエルジン、オーロラの2つの街を結んでいました。 
CA&E28.jpg
(参考資料=アメリカのサイトより)シカゴの3大インタアーバンの中ではもっとも通勤輸送の比重の高い線だったようです。

CA&E31.jpg(7)
愛称の由来は、地下鉄でないのに架線集電ではなく、第3軌条集電を採用してるから。

CA&E01.jpg
終点付近の市内区間(8↑=オーロラのターミナル付近)以外では・・・、

架線の代わりに第3軌条が広々とした風景の中に伸びています。
(9~11)
CA&E02.jpg
CA&E13.jpgCA&E03.jpg
踏切も多く、日本の安全基準では考えられない風景ですね。

CA&E09.jpg
(12~14)こちらはもうひとつの終点、腕時計工業で有名だったエルジン市内CA&E10.jpgCA&E11.jpg
ここではポールが上がっています。
ナレーションに拠ればエルジン・オーロラの両市内でかつて路面電車に乗り入れていた名残りだとか。

使われていた電車はいずれも吊り掛け駆動の典型的インタアーバンスタイルです。
(15~17)
CA&E05.jpgCA&E04.jpgCA&E15.jpg
ダブル&シングルルーフのごつい鋼製車が主体でしたが、中には1945年製という軽量設計の電車も交じっていました。
下の2枚がそれで、下膨れのカーブしたサイドが目立ちます~ってキャプチャがひどくて見難いですね・・・。
(18・19)
CA&E06.jpg
CA&E14.jpg
(参考資料図面はアメリカのサイトから)CA&E29.jpg
これっておそらくインタアーバン用電車の最終形式でしょう。

オーロラ&エルジンからの線が合流するフイートンでは、両方から来た電車が併結されてシカゴに向かっていました。CA&E07.jpgCA&E08.jpg
(20・21)こういう運転方から見てもインタアーバンというよりはシカゴの通勤電車の性格が強かったようです。

そんな電車でも途中駅では乗客が停車せよとサインを送る(Request Stop)風景が~CA&E23.jpgCA&E24.jpg
(22・23)こういうのって昔の日本でもあったんでしょうか?

凸形ELが重連で牽く貨物列車や・・・CA&E19.jpg
CA&E20.jpg
(24・25)

わずかに残っていたアーチ窓の木造車(サイドに鉄板張ってニセスチール化されてるようですが)も登場します。
(26・27)
CA&E18.jpg
CA&E17.jpg


そんなCA&E鉄道。架線が無いことを除けば普通の都市近郊電車ですね。CA&E25.jpg
CA&E26.jpg
(28・29)
アメリカ、特にシカゴ周辺には地上区間の第3軌条は案外多く、CTAの地上区間は前に記事にしたこともあります(→その記事はこちら)。

当初はシカゴの都心まで伸びて通勤客の足となっていたCA&E。
CA&E30.jpg
(参考画像)

VTRの画像撮影時には途中までCTAに線路を譲り、双方ループで乗り換え接続していました。
この辺の事情も解説されてますが割愛します。
CA&E27.jpg
(30) その景色もチラッと最後に出てきます。

そして1960年代前半のある日1957年6月3日、全く突然に営業廃止されました。
午後の退勤時に駅に行ったら朝は走ってた電車が廃止になっていた、というウソのようなホントの話です。
(正確に言うとちょっと違うかもですが、ほぼそんなんです)
資本主義の権化アメリカでしか考えられないですねえ。


その他はおなじみPEモノがこんなにDVD01.jpg
DVD05.jpg(31・32)
こんなのまで

週末からゆっくり観ま~す。

シルバーウイークにVHSがなくったって平気だい!

とかとか、持つべきものは鉄友ですねえ。

Tadさん、今更ですがありがとうございます!(キャプチャがヘタでスミマセン!)

ではまた。 

この記事へのコメント

  • あかい電車

    オーロラ&エルジンの新型車は、ヘッド・ジャンパ線になぅている事がこの画面で気が付きました。
    2016年09月15日 08:34
  • ナツパパ

    わたしが高校3年生の時、わが家に一年間ホームステイしていた男子が、
    この沿線に住んでいたようです。
    彼の出身地、GREN ELLENという駅名を見つけました。
    もっとも彼が来日した頃は、ステンレス製の2階建て客車だったそうです。
    彼がくれた、街の紹介写真集に出てました。
    懐かしいなあ...なんかいろいろなことが甦ってきました。
    2016年09月15日 09:31
  • ナツパパ

    あれ...1960年代には廃止だったんでしたか。
    すると、あの2階建てはなんだったんだろう。
    ...不思議だなあ...路線が違ってたんだろうか。
    2016年09月15日 09:50
  • Cedar

    ■あかい電車様
    ヘッドジャンパ式もP-6や嵐電など、関西にはありましたね、オーロラ&エルジンは木造車以外はこの方式だったようです。
    ■ナツパパ様
    ステンレス客車は並行してるC&NWのプッシュプル客車だと思います。
    突然の廃止の日は、出勤はCA&E、退勤はC&NWだったりして・・・

    ステンレス2階建てはアメリカの通勤鉄道の標準形ですね、NYのグランドセントラルだけはトンネル限界の制約で走ってませんが。
    2016年09月15日 10:29
  • Cedar

    ★あるまーき様
    ★viviane様
    nice!ありがとうございます
    2016年09月15日 10:30
  • 京葉帝都

    郊外の緑豊かな田園地帯を、地面とゾロ(盛り土はわずか)の第三軌条の線路がまっすぐ伸びる光景は、いかにも「地盤が安定している大陸」という感じです。
    シカゴ市内の鉄骨高架線では一部複々線が複線になった区間がありますが、CA&Eのように郊外から乗り入れていたインターアーバンの名残かもしれません。
    2016年09月15日 12:34
  • Cedar

    ▪️京葉帝都様
    確かに大陸的ですが、住宅密集地でこの方式はスリリングです。
    踏切の前後のガードの甘さは、自己責任と過保護という彼我の違いでしょうか?
    CA&Eはループに接してましたが、直通運転はせず、CTA車両の片乗り入れでした。
    2016年09月15日 13:21
  • Chitetsu

    第三軌条がこんな風に使われているというのは、本当に大らかというか、アメリカですね〜。
    2016年09月15日 15:32
  • Cedar

    ■Chitetsu様
    大地を行く第3軌条はアメリカのあちこちにありますが、シカゴエリアが一番おおらかってか雑ですね。
    CTAなんかカバーも無いですし・・京成の市川市内が第3軌条って雰囲気のところもあります。
    カリフォルニアでは、開業日に放牧してた牛が6~7頭感電死したとか。
    2016年09月15日 16:05
  • ひでほ

    こんばんは
    DVD楽しみですね。
    あたしも編集しないといけない相鉄モニ、京成モニのハイビジョンDVテープが百本はくだらないです。このまま朽ち果てていくのか?
    さすがに旧国時代はビデオ録画なんか無理でしたが・・・

    突然廃止なんて日本では考えられないですね。
    仰天しちゃいました。

    飯田橋のところ移転ですか。
    子供のころ代々木から乗車した電車が旧型国電で興奮、右手がまがらなくなって厚生年金病院に通院しました。うずまきみたいな周って上がる通路があって、帰りに駅前でかにコロッケライス、当時200円、こんなうまいものが世の中にあるんだと感動しました。
    あと下車したのは、車にはねられて救急病院に入院中、脚が異常にいたくて何度OPうけてもNGで警察病院の勤務医の知り合いを訪ねて来院、国分寺の分院を紹介されて、そこで化膿していてめちゃくちゃになっていることが発覚、OPも10回くらい受けました。歩けるようになって復職して飯田橋の警察病院にお礼で来院、いまは中野に移転しちゃいましたが、思い出が走馬灯のようによみがえってきました。

    飯田橋つながりというだけで、よけいなコメント失礼しました。
    2016年09月15日 19:30
  • 八犬伝

    Request Stop
    しかも、自分の手で信号変えて
    こんなのが、あったのですね。
    2016年09月15日 20:59
  • シグ鉄

    サードレール単行ですと、踏切のたびに電気が消えるのでしょうか。
    2016年09月15日 22:48
  • Cedar

    ■ひでほ様
    飯田橋にいろいろ想い出があおりなんですね。
    警察病院の跡地は桜テラスとかいう再開発ビルです、日曜日の2次会はそこの干物やでした。
    ■八犬伝様
    アメリカの田舎ではRequest Stopは一般的だったようです。
    日本とアメリカの鉄道はいろいろ違います。
    ■シグ鉄様
    MGか蓄電池があれば消えませんが、この電車がどうだったか?すいませんわかりません。

    ★やまびこ3様
    ★nd502様
    ★schnitzer様
    ★AKI様
    nice!ありがとうございます
    2016年09月16日 00:55
  • Cedar

    ★あおたけ様
    nice!ありがとうございます
    2016年09月16日 14:52
  • Cedar

    ★DorakenBeginner様
    nice!ありがとうございます
    2016年09月16日 19:00
  • Tad

    十九世紀の蒸気鉄道では,乗りたい人が旗を掲げる“Flagstop”は珍しくなかったですね。駅員のいない小駅/停留所です。
    旗は手旗みたいな大きくないので,これが揚ってなくて,降りる客がいないと通過しちゃいます。
    2016年09月16日 23:46
  • Tad

    飯田橋は地元だったんで,甘酸っぱいのも含めていろんな思い出があります。
    駅の,あのなくなっちゃった長い通路を出た左の線路に轢死体があるのを見たし,真冬の雪の降る日,長いコートの前を開けた素っ裸のオヤジがウロウロしてる…なんて,漫画みたいなのにも遭遇してます。駅員が毛布持って追っかけてた,って笑えるでしょ?

    警察病院は小学校の指定医だったんで,身体検査に医者と看護婦がきたり,何かの注射をされたりでお馴染み。猩紅熱で隔離病棟に入れられたこともあるし,長男が生まれたところでもあります。
    それがあんなビルになるなんて,時の流れをしみじみ感じます。
    あの裏手には,かつて与謝野鉄幹・晶子の一家が住んでましたし,日活映画の監督をしてた斉藤武市さん(Cedarさんもいろいろご覧になってますよね)のお宅もありました。

    その一本先の道に,角川書店本社が,地元で幽霊坂って呼んでた坂の下にありましたけど,何だかひっそり閑としててちょっと不気味だなあと,子供心に思ってましたね。それが,どうでしょう,今じゃ角川関連がそこここにノシていて,すっかりカドカワ城下町。

    あ,書き始めるとキリがないなあ。それも無駄話ばっかりで…。
    この辺でやめておきます。
    2016年09月17日 00:16
  • 雄岳急行

    コメントはじめまして!雄岳(ゆうだけ)急行と申します。
    オーロラ&エルジンは、まずは第三軌条集電ということ、そしてショボいターミナル?(棒線1本)でこれまで毛嫌いしておりましたが、そんな立派な称号を与えられてるとは露知らずでした。
    そして、flag stop はこれまで知識としてありましたが、request stop の具体的な装置を見せて頂いて目から鱗の思いです。
    ここに遂にCA&Eにもハマりそうな、悪い予感が致しております・・・
    2016年09月17日 09:20
  • Cedar

    ■Tad様
    おかげでひとネタできました、ありがとうございます。
    実は仕事で角川にはしょっちゅう行ってまして・・・JRでは行かないので駅舎移動も気がつきませんでした。
    東京大神宮前の坂を抜けて九段下に出ることも多いんですが、あの坂の途中にOゲージの線路敷いてあるカフェがあります。後ろの棚には車両のコレクションもあったりします。
    ■雄岳急行様
    ご訪問とコメントありがとうございます。
    Cedarもシカゴだとノースショアの方が好きだったですが、改めて画像を見るとなかなか魅力的ですね。
    ご一緒にCA&Eにハマリましょう。

    ★hideta-o様
    ★モボ様
    ★hanamura様
    nice!ありがとうございます
    2016年09月17日 13:15
  • Tad

    雄岳急行さん,

    ご無沙汰しております。来年のP.E.ミーティングでまたお会いしたいですね。

    ところでオーロラ/エルジン地域の電気鉄道について書かれた4部作の本があります。
    著者は,Hopkins Stolp Peffers と云う方で,
    書名は,Aurora-Elgin Area: Street Cars & Interurbans と云い,
    Volume 1 - Fox River Division
    Volume 2 - Aurora, Elgin & Fox River Electric Company 1923-1935
    Volume 3 - The Third Rail Line Chicago, Aurora & Elgin RR
    Volume 4 - The Connecting Lines
    となってます。
    C. A & E.がカヴァーされてるのは第3巻ですが,他のもなかなかに興味深い内容で,写真も豊富に載ってます。
    bookfinder.com で,上記著者名で検索するとどれも手に入ることが判ります。巻によりますが,送料込で安いのは3千円代,高いのでも5千円代ですから,機会があったら手に入れて読んでみられてはいかがでしょうか。

    本文で紹介されていた“The Great Third Rail”も5千円代です。

    この4部作を見ていたら,
    July 3, 1957  CA&E suspended all passenger service at 12:13 p.m.
    とありました。Cedarさんが書かれたのと1ヶ月違いますね。
    2016年09月17日 14:44
  • Tad

    Cedarさん,

    > Oゲージの線路敷いてあるカフェ

    ネットで調べて判りました。大神宮の隣ですね。全く知らないので,わりと新しい店じゃないかしら。
    この店が入っているのは,かつては大松閣って云う和洋折衷様式の建物で,戦後,占領軍に接収されていたと聞いてますが,その建物の一番左側に「飯田橋松竹ダンスホール」の入口があって,チャーリー石黒と東京パンチョスとか出てましたね。
    当時では有名なホールだったようです。ガキの僕らにゃ何とはなしに淫靡な印象でしたけど。

    大神宮は,何でもパワースポットだそうですが,そうと知ってたらガキの頃に本殿下でションベンなんかするんじゃなかったナァ。イヤー,畏れ多い…。
    もっとも,あれから六十余年たってもバチは当たってないので,お伊勢さんは懐が深いんでしょう。

    と,例によって本題無視のコメントで失礼!
    2016年09月17日 17:50
  • Cedar

    ▪️Tad様
    老眼のせいでJulyとJune間違えましたね。
    あのカフェのビルに某新聞社系代理店があり、そこの知人と打ち合わせしてます。走っているのは見たこと無いですがエンドレスが敷かれてます。あそこにダンスホールとは知らなんだ、チャーリー石黒さんは知ってますが。
    2016年09月17日 19:17
  • Cedar

    ▪️Tad様
    追伸、大神宮は恋愛女子のパワースポットとか?
    ま、爺には全くカンケーありません。
    2016年09月17日 23:33
  • Cedar

    ★ぷっぷく様
    nice!ありがとうございます
    2016年09月17日 23:35
  • Tad

    C.A.& E.のHOブラスモデルはSOHOで出てましたね。確か製造はクマタ。
    木造ダブルルーフ,2連アーチ窓のNiles製,サード・レール区間用初の電車ですが,コーチとコンボ,Funeral Car(棺桶運ぶ霊柩車じゃなくて車内でお別れの儀式もできる葬儀車)がありましたね。
    これが走る架線集電レイアウトがModel Railroader誌に連載で出たことがあって,イイなと思ったものです。

    最近はeBayを見てないので何とも云えませんが,このモデルって出るもんなんでしょうか?
    2016年09月17日 23:45
  • Cedar

    ■Tad様
    SOHOの模型は1両だけ持ってましたが人手に渡りました。eBayではノースショアが最近出てますが、こちらは見かけませんねえ。
    2016年09月18日 00:55
  • motosan

    おぉっと、ノソノソしていたら、次の列車が出てしまった!でもせっかく書いたので、コメントします。Tadさんが、CA&Eの本を紹介されましたが、他にも出ているので、追加でお知らせしましょう。この鉄道、ノースショアよりは廃止が早いが、たいして変わらないので、人々の記憶によく残って居るためでしょうか。

    “Aurora‘N’Elgin”James D.Johnson著 
    The Traction Orange Company刊 1965年
    横型版形の写真集。写真が大きいので見応えがあります

    “The Story of the Chicago Aurora and Elgin Railroad”
    Larry Plachno著 Transportation Trails刊 1986 & 1989年
    Vol.1が路線、Vol.2が歴史です。本来3巻本で計画され、
    Vol.3は車輌や運転などだが、未刊のようです。でも写真
    は豊富で、印刷も良い。

    “The Living Legend of the Chicago Aurora and Elgin” 
    Peter Weller & Fred Stark著 Forum Press刊 1999
    写真の印刷が前記の本に比べると劣るのが残念。内容も
    テキスト中心ですが、資料的には盛り沢山。最終日に勤務
    していた従業員の回想などもあります。お客が廃止を知ら
    ないどころか、従業員にも直前に電話で知らされたとか、
    Ticket agentは、知らずに切符を売ってたなんて話が載って
    ます。
    2016年09月18日 23:39
  • motosan

    実は、モウひとつ書いておいたので、連投失礼致します。お客が、停止信号を示して、列車を止める。こう云う習慣は、何時まであったんでしょうね。或いは今でもあるのか?

    私の手元に、サンディエゴのVideo Railsと云うとこが出した“Passengers use light at night”と題したVHSビデオがあります。内容は、サウスショアの歴史なんだが、このタイトル、判ります? 中学の英文和訳じゃ、「乗客は、夜に明かりを使う」。あったり前田のクラッカー(古い!)。しかし鉄道ファン的には、0点ですね。ハィ、そこの方、どうぞ。『夜には、お客が示す停止信号は、明かりを使うってことじゃ・・・』。お見事、正解です。

    でも、CA&Eの信号機には、電灯も設備されてた筈。何で、ワザワザ“use light at night”なんて云うのか。私もビデオを見るまで判らなかったんだが、何とサウスショアでは、夜お客が列車を停めるのに、丸めた新聞に火を付けて、motormanにかざして、見せるのだ。 Lightとは、松明のことなんだねぇ~。これには驚いた!! いくらなんでもヤラセじゃ?、と思い、イリノイ州の鉄道ファンに聞いてみたが、本当だそうな。今でも、そう云うことをしているのかは、?ですが。
    2016年09月18日 23:45
  • Cedar

    ■motosan様
    面白いお話、ありがとうございます。
    従業員も知らない間に廃止とは~
    っと思ってましたが、私の知り合いで勤めていた某広告代理店が倒産したのを知らずに出社した人がいました。

    速報の新聞紙松明の話も凄いですね。
    2016年09月19日 01:18
  • 雄岳急行

    Tad様、そしてMotosan様(はじめまして)、色々とご教示頂き有難うございます。勉強になります♪
    CA&Eの模型は今まで1両も持ってなかったのですが、早速在庫している店を探しているようなヤバイ有り様です……
    最新型の451形を見ていると、車体裾の形状から日本国鉄のモハ62系(身延線に居た二代目)を連想してしまいます。
    今後ともよろしくお願い申し上げます。
    2016年09月19日 22:51
  • Tad

    雄岳急行さんがかなり興味を持たれたようなので,来年のP.E.ミーティングでは,是非Cedarさんとmotosanさんに,このあたりの話をしていただきたいものです。
    Insull Empireまで話を拡げるのがいいのかどうかは,お二人に委ねますので,ご一考くださいませ。

    P.E.ネタも尽きてきてやることがなくなったので,どうぞヨロシク!(平伏)
    2016年09月20日 00:04
  • Cedar

    ■Tad様
    ご用命の件、了解しました。
    来年のこととはいえほぼ半年後(?)のことなので、ぼちぼち準備しないと・・・・
    motosan様とも相談で~
    2016年09月20日 00:59

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