<夏電車>シリーズの中でご覧に入れた福島交通軌道線。
昭和43年夏の親子での訪問の前年、ちょうど今から43年前、昭和42年11月にも商売仲間と飯坂温泉に行った父が撮影していました。今回から、その画像をシリーズで御紹介いたします。
~愛すべき福島交通の車輌たち
電車は以下の5タイプが当時のラインナップでした。何れも車体幅2mに満たない小形電車たちです。
(1)
このスタイルがいちばん多かったようです。なぜこんな顔つきになったのかと思っていたら、天井が低いので運転士の前面視界確保のため、正面窓が大きいとわかりました。
(2)
室内の写真です。正面窓以外は運転士の肩までくらいしかありません。広告のコピー<なんでも揃って居る>に痺れました。
(3)下のタイプもサイドは一緒で、正面左右の窓を拡大して、大形方向幕をつけた改良形(?)ですね。![]()
下の2タイプはごく普通の路面電車スタイルで、車体高さも少し大きいようです。
(4)1114は丸みが強い分、スピード感があるように感じます。いちばんまとまったデザインといえます。![]()
(5)最も平凡なスタイルです。安全地帯など無い停留所では、ステップが高くて乗降には苦労しました。腰の曲がった農家のおばあさんが<よっこらしょ!>と掛け声かけて乗り込んできたのを思い出します。バリアフリーなどという言葉は存在しない時代です。
(6)福島唯一の都会派美人がこの電車!番号も2000台を名乗って格の違いを見せ付け、正面の塗りわけも唯一、金太郎塗りになっていました。ただし性能的には他と同じで、台車もブリル形のコピーでした。![]()
<馬面電車のディティール>
(7・8)方向幕は、路面電車らしく全車装備ですが、形式によって大きさはまちまちでした。![]()
福島市内区間で使う続行運転標識はうちわ状になっていて、下の部分をフックに差し込んでいたのが判ります。
(9・10)救助網とフェンダーの併用は、この時代には珍しかったのでないでしょうか?狭い田舎道で障害物(鶏・家畜・ひょっとして人?)も多かったのでしょう。![]()
前面を特徴つけていた朝顔形カプラーは貨車牽引用なのはご存知のとおりです。連結する貨車には貫通ブレーキや電気設備はないので、エアホースやジャンパーは無しです。
(11)
屋上には田舎電車には不釣合い(?)なパンタグラフを乗せていました。架線も市内区間以外はカテナリーが多く、この組み合わせは田舎の路面電車には珍しいものでした、華奢なフレームと1枚シューで、なんとも簡単な造りです。パンタを操作するロープの掛け方がユニークですね
電車の台車は路面用ブリルの国産コピーでした。普通の2個モーターで貨車をひっぱっていました。
(13)
ご覧のようにホイールベースは幾つか有りますが、モーター出力やギヤ比は統一されていたようです。2000番台も(12)の台車でした。車輪上部を半円形に覆うのは、路面電車独特の泥除けです。未舗装の田舎道が多いこの電車では大いに役立ったことでしょう。
<貨車のディティール>
福島を福島たらしめていた、軽便時代そのものの貨車です、しばらく前には木造の荷電(※)も在籍していました。
(14・15)ブレーキハンドルの付いたものはなんとも素敵なデザインでした。![]()
※その名も<ニモ1>という荷電は、この車体に縦長の前面窓をつけ、パンタを乗せたスタイルだったようです(うう~見たかった!)
(16・17)正に<ボックスカー>というべきタイプもありました。こちらはひょっとしてブレーキ無し?![]()
![]()
(18)貨車の台車です。ゲージはサブロクですが軽便そのものです、デッキに突っ立ったハンドブレーキから鎖が伸びているのがわかります。![]()
(19)長い連結棒は非常用みたいに見えますね。でもコレが常用されて、時には3両くらい繋げていたようです。貫通ブレーキなど無く、カーブや停車時の運転には気を遣ったのでしょうね。
一応朝顔形カプラーの形ですが、連結面がこんなに広くてはあまり関係なさそうです。
(20)大規模な路線を持ち、住民の足となっていた、福島のトロリーラインが消えて40年・・・・![]()
次回(いつになるかはわかりませんが・・)も、昭和42年11月に父の撮影した福島交通の<ディティール>をご覧に入れます。
この記事へのコメント
Junior
1114号、凄くカッコイイ!!
車体幅が狭いから余計にそう思うのでしょうか?
今となっては貴重な写真ですね。
カプラーがあんな形なのは、連結棒なしで押して入換えする為じゃないでしょうか?
manamana
脇のガラスは小さいので我慢したのかな。
2000形がとても美人に見えますね。
掃き溜めの何とかなんて言ったら失礼ですね。
のり
こんな味のあるローカル電車、もう一度だけでいいですから、ゆっくりと揺られてみたいですね。
Cedar
1114は確か一両だけのデザインだったのでは?福島の電車は馬面のわりにゲテなスタイルでないのがいいですね。(ゲテモノ好きなくせに!といわないで・・・)カプラーの形の件、納得です。
■manamana様
2000形はほんとにまとまったデザインでした。パンタグラフもよく似合っていました。この電車が貨車を牽く姿には痺れました。
■のり様
確かにそうですね。あちらのほうが重厚なアメリカンスタイルで印象は異なりますが。初めて関西に行ったのが昭和42年、あの電車にタッチの差で間に合いませんでした、福島はかろうじて間に合った電車の1つです。
Cedar
★ひでほ様
★燕っ子様
nice!ありがとうございます。
nexus6
Cedar
脚フェチだったのですね・・・
ブリルのこの形は明治~大正~昭和と使われたのですから凄いですね。
Cedar
★あおたけ様
nice!ありがとうございます。
はーさん
小生も1961年(昭和36年)に訪れております。
この時の画像を弊HPに載せております。
http://6.fan-site.net/~haasan55/FukushimaKidou.htm
地元の「だて路面電車保存会」のご協力により、作りあげましたので、弊HPの中ではまとまっているほうだと思います。
伊達橋を渡るニモ1もあります・
Cedar
HP拝見いたしました。写真も記事も素晴らしいですね。ニモ1の姿をこの目で見られなかったのが返す返すも残念です。
Cedar
nice!ありがとうございます。
む〜さん
貨車は小さな車体に可愛いアーチバー台車をはいて、昭和30年ごろのTMSでよく使われた「ムキ」の趣。実に魅力的です。
ニモは、本当に素敵な電動貨車ですね!これは、花巻の電車とともに、見たかった車両のひとつです。
Cedar
「ムキ」とはまた懐かしい!確かにそういう感じです。はーさん様のHPを拝見すると2軸の貨車も写っていますから、単車を無理矢理ボギー化=ムキ化したのもあるかも知れません。
ニモに逢えなかったのはほんとに残念でした。
Cedar
★gardenwalker様
nice!ありがとうございます。